生地の森は、「生地の森らしい」とか「他にはない風合いが好き」また「他の店と比べると値段が高い」とさまざまなご意見やご感想をいただきます。そこで、皆さまにより親しみと関心を持っていただくために、生地の森のオリジナル生地誕生における秘話や、生地作りにまつわる裏側を全5回に通してご紹介していきます。
昭和から平成に移り変わる頃、ファッション業界は、
アパレルメーカーと生地問屋の関係が今よりもはっきりしていて、
生地問屋はアパレルメーカーに対して仕事を頂きに行くという姿勢でした。
当時、私たちは「仕事が欲しい」「生地の発注をもらいたい」
その一心で、あるアパレルデザイナーさんのもとを訪ねました。
商談が始まって程なくして持参した生地サンプルを見せると、
アパレルデザイナーさんはこう言いました。
「もっと、表面が汚くて綿カスがいっぱい浮き出てるような生地はないの?」と。
その言葉を聞いてびっくりしてしまいました。
なぜなら、その頃の繊維業界の常識は、
生地そのものをいかにキレイに美しく仕上げるかが重要であり、
私たちに課せられたミッションでもありました。
当然、汚い表面の生地は「NG(不合格)」であり、
すべて売り物にならない「C反」という扱いになります。
アパレルデザイナーさんの言葉が「C反を作って提出してよ」
と言っているように聞こえました。
あまりの驚きで、簡単に答えを出すことができないため、
この宿題は、一旦持ち帰らせていただくことになりました。
それから早々に、染工場の職人さんにこの話をぶつけてみました。
話が進んでいくと討論が始まり、職人さんからは、
「そんな染め生地は、自分たちから見ればC反だ」
という言葉が返ってきました。
「C反を出すくらいなら、この仕事をやめた方がましだ」
そういう考えの職人さんもいます。
職人さんには、プライドがあります。
不良品と呼ばれるような生地を敢えて作ることはしたくない。
その気持ちは痛いほどよく分かります。
しかし、それでもアパレルデザイナーさんの言う
「もっと表面が汚くて綿カスがいっぱい浮き出てるような生地」を
形にしたかったのです。
そこで、
敢えてC反でもいいから、試験品として染色して欲しいことを伝え、
どのような結果が出ても全責任を自分たちが負う覚悟で染色の依頼をしました。
待つこと数週間、出来上がってきたのは、
キレイな染めツラとは真逆で、ブツブツと脂綿の跡が残っていて
とてもブサイクなツラ。
また、雰囲気も全体的に無骨で、人に見せるのが恥ずかしくなるほどの生地だったのです。
それでも、アパレルデザイナーさんに
ダメもとの気持ちでこの試験品を持っていきました。
すると見せた瞬間、
「これ! これだよ!」
「これが、ボクの描いてた染めツラと同じ雰囲気だ」
アパレルデザイナーさんの顔が熱くなっていたのがわかりました。
今までは、生地の質感や色味など全体が均一で
表面もツルッと滑らかな状態に仕上がったいわゆる
「キレイな生地」を作ることが当たり前でしたが、
「汚いツラの生地は不合格」という概念を
このアパレルデザイナーさんは、あっさりと180度変えてしまったのです。
その後ファッションの世界は、この概念に大きく傾いて行ったのは言うまでもありません。
こうして、それまでになかった概念の染加工、 タブーとされてきた規格外の染め製品が誕生しました。
これまでの生地作りの概念を覆されて、
生地の森から初めて世に出したのが「11号帆布ヴィンテージ」や「ヘリンボンヴィンテージ」です。
これらの生地は、太い綿糸を密に織られた生地で
風を通さないといわれるほど厚く非常に丈夫な生地です。
このような太い糸を密度高く織った分厚い生地というのは、
染料が染み込みにくく、非常に染まりにくいのです。
そのため、これまでの生地作りの概念では、
シルケット加工をして表面を滑らかにしてから、
染色をするのが一般的で当たり前とされてきました。
シルケット加工をした生地は、均一にキレイに染まり、
さらには早く仕上がるのでとても効率的なのです。
それなら、シルケット加工を行なえば良いのでは?と 思うかもしれません。
しかし、シルケット加工をすると、今度は染料がキレイに
入りすぎてしまい、
出したかったムラ感が現れません。
私たちは生地にムラ感を出すために、 あえてシルケット加工を行わない選択をしたのです。
そのため、簡単には染まらない分厚い生地を、
一昼夜以上寝かせながら、
じっくり時間をかけて
糸の芯にまで染料を浸透させ反応を繰り返しながら染め上げて行きます。
本来、生地をキレイに仕上げることの方が、
手間も時間もかかると思われがちですが、
これまでの概念の生地作りは、一連の工程がすべて連続で行なわれるため、
効率良くスピーディーになるのです。
しかし、キレイなツラ感をあえて出さないようにするには、
それぞれの工程をバラバラに単独で行なわなければなりません。
そのため、ムラ感を出す方が余計な手間や時間がかかってしまい、 逆に非効率なのです。
しかし、この非効率な製法によってできた生地は、
新しく染めた生地なのに、どことなく着古したような
味のある雰囲気を生み出せるのです。
そして、縫製後の製品を洗えば洗うほど生地の表面にアタリや、
擦れが付いて、こなれたユーズド感が生まれます。
キレイに染めた生地を同じように、製品洗いをしても、
アタリや擦れは絶対に付かないので、
従来は、後加工で
ヴィンテージ風なユーズド感を作為的に付ける方法が主流でしたが
それでは、どこまで行ってもヴィンテージ風です。
染色でムラ感を出すようにじっくり手間と時間をかけて作られたヴィンテージ加工は、
縫製後の製品を洗えば洗うほど生地の表面にアタリや、擦れが付いて、こなれたユーズド感が生まれます。
肉厚でしっかりとしたハリコシのある11号帆布。洗いをかけるとよりくったりとした風合いになり、所々出るアタリが雰囲気のあるヴィンテージ感を出しています。
打ち込みのしっかりした目詰まりのあるヘリンボン織りの生地。肉厚でしっかりとしたハリの中にもしっとりとした柔らかさを感じます。使って洗いを重ねていくと、部分的にアタリが出てよりふっくら柔らかな質感に変化していきます。
太番手糸を風合い良く仕上げた、しっかりとした厚みと重みのあるカツラギヴィンテージ。何度か洗って使い込んでいくと、ほのかな光沢感はそのままに全体的に色が落ち、部分的にアタリがついていきます。
生地の森のヴィンテージは、染色でヴィンテージ感を作り上げ、使い込むことで
ゆっくりと経年変化を迎えられる生地は革命的な生地といえると自負しております。
ここで生まれた製法を「ヴィンテージ加工(vintage)」と名付け、
生地の森では、15年以上経った今でも、製造・販売を続けております。
世の中にはない風合いの生地を老舗染職人によって生み出していくきっかけになったお話
綿の風合いを最大限活かし、ヴィンテージ感を楽しむ「ヴィンテージ加工」
まるでデニムのような表面変化を楽しむ「リュードバック加工」
リアルなシワや、染めのムラ、よりリアルな古着感を楽しむ「ダメージダイド&ウォッシュ加工」
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